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横浜地方裁判所 平成8年(タ)137号 判決 1998年5月29日

原告 X (一九四七年一二月五日生)

右訴訟代理人弁護士 三木恵美子

被告 Y (一九六二年二月二二日生)

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  原告と被告との間の長男A(一九九〇年八月二日生)の親権者を原告と定める。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文一、二項と同旨

第二事案の概要

一  基礎となる事実(甲一ないし四、原告本人、弁論の全趣旨)

1  原告(米国籍、一九四七年一二月五日生)と被告(中国籍、一九六二年二月二二日生)は、一九八八年(昭和六三年)三月四日、在日アメリカ大使館において婚姻手続を採った上、これを東京都港区長に届出受理されて夫婦となり、両者の間には、長男A(米国籍、一九九〇年八月二日生、以下「長男」という。)がいる。

2  原告は、米国オハイオ州で生まれ、同州の大学を卒業して来日した後、一九八〇年(昭和五五年)大塚製薬株式会社(以下「大塚製薬」という。)に入社し、香港駐在員として同所で勤務していた際、被告と知り合って右のとおり婚姻したが、日本における定住者の在留資格を有し、在留期間を三年ごとに延長している。一方、被告は、一九八八年(昭和六三年)に米国の永住権を取得した。

3  原告と被告は、婚姻した後、香港に居住して前記のとおり長男をもうけたが、一九九二年(平成四年)四月に原告が日本に転勤となり、同年六月から原告、被告及び長男が西宮市内で生活をするようになった。長男は、原告により在香港アメリカ領事館に出生の届出がされた結果、米国籍を取得したが、原告と同様、日本における定住者の在留資格を有し、在留期間を三年ごとに延長している。

4  被告は、一九九二年(平成四年)七月、長男を連れて上海の実家に帰省したまま戻らず、原告が長男だけを日本に連れ帰り、以来、原告と被告は別居状態となった。その後、被告が二年続けて中国の旧正月に長男を連れて上海に帰省し、その都度、原告が同地に赴いて被告に対して戻るように説得したが、被告が応じないため、原告は、やむを得ず長男だけを連れて日本に帰り、一九九四年(平成六年)八月から長男を養育し、一九九五年(平成七年)四月には、大塚製薬の横浜支店への転勤に伴い、肩書住所地に長男と共に転居し、現在に至っている。

5  被告は、一九九五年(平成七年)九月、上海から米国カリフォルニア州アルハンブラ市に転居したが、その後、一九九六年(平成八年)五月ころ、トランジットのビザを取るため数日間原告と会ったのを最後に、一年に一回くらい米国から一方的に電話をかけてくるにとどまり、同国内での住居所は不明である。

二  原告の主張

1  国際裁判管轄

原告と被告は外国人夫婦であり、被告の住所は日本にはないが、原告と長男は横浜市内に住所を有しており、被告は、原告と婚姻した後、日本国内でいったん原告と長男との共同生活を始めながら、原告らを遺棄したものであるから、本件については、日本に国際裁判管轄がある。

2  準拠法

原告と長男が米国籍、被告が中国籍であって、夫婦の共通の常居所地法はないから、離婚については、夫婦に最も密接な関係ある地の法律(法例一六条、一四条)である日本法が準拠法となり、未成年の子の親権者の指定については、子の常居所地法(同法二一条)である同じく日本法が準拠法となる。

3  離婚原因

被告は、婚姻後、日本国内で原告と長男との共同生活を始めながら、原告らを悪意で遺棄したものであり、夫婦の別居期間は五年余に及んでいるほか、被告は、一九八九年(平成元年)五月以降、Bと不貞行為を継続し、一九九三年(平成五年)には、原告の委任を受けた伴純之介弁護士に対して右事実を認め反省の気持を示した書面を提出しながら、その後も態度を変えていない。このように原告と被告の婚姻関係は完全に破綻しているから、民法七七〇条一項所定の離婚原因が存在する。

4  長男の親権者の指定

長男の養育については、被告にその意思もないため、前記のとおり、一九九四年(平成六年)八月以降、原告が日本において養育しており、勤務先も原告の事情を熟知し、子の養育監護に必要な休暇を取ることに十分理解ある態度を示している。原告は、英語を母語とし、日本語も堪能であるため、長男も英語と日本語のバイリンガルとして育ち、保育園や小学校によくなじんでいる。他方、被告は中国語を母語とし、日本語も英語も不十分であって、長男との意思疎通は困難である。以上のような点からすれば、未成年の子である長男の親権者は原告と定められるべきである。

三  被告は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しない。

第三判断

一  裁判管轄について

一般に、渉外離婚訴訟事件について、日本の国際裁判管轄権を肯定するためには、当事者間の便宜公平、判断の適正確保等の訴訟手続上の観点から、被告の住所が日本にあることを要するのが原則であるところ、本件は、米国籍の原告(夫)と中国籍の被告(妻)との間の離婚訴訟で、被告が日本に住所を有しない事案である。しかしながら、前記の基礎となる事実からすれば、原告が被告から遺棄されたともいえるし、被告の住居所も不明であるから、このような特別の事情が存在する場合には、国際私法生活における正義公平の見地から、原告が住所を有する日本の裁判所に国際裁判管轄権を認めるのが相当であり(最高裁昭和三九年三月二五日判決・民集一八巻三号四八六頁参照)、人事訴訟手続法一条一項により、本件は、原告が普通裁判籍を有する地の地方裁判所である当庁の管轄に専属することになる。

二  離婚請求について

1  準拠法

本件離婚請求の準拠法については、法例一六条本文により、同法一四条を準用することになるが、まず、原告は米国籍であり、被告は中国籍であるから、共通本国法は存在せず、また、原告は日本に定住者の資格で在留しており、その常居所は日本であるのに対し、被告は永住権を取得している米国のいずこかに住居所を有しているにすぎないから、夫婦の共通常居所地法も存在しない。そこで、夫婦に最も密接な関係がある地の法律によるべきところ、前記のとおり、原告と被告は、日本で婚姻した後、原告の転勤に伴って香港から長男を伴って来日し、一九九二年(平成四年)六月から一時期日本で共同生活を始めたことがあり、原告と長男は、いずれも日本における定住者の在留資格を有し、在留期間を三年ごとに延長し、夫婦が別居状態となった以降も、引き続き日本で生活して現在に至っているから、こうした事実に照すと、夫婦に最も密接な関係がある地の法律は日本法であり、本件離婚請求については日本法が準拠法になるというべきである。

2  離婚原因

前記基礎となる事実のほか、証拠(甲四、原告本人)によれば、被告は、一九八九年(平成元年)五月以降、Bと不貞行為を継続し、一九九三年(平成五年)には、原告の委任を受けた伴純之介弁護士に対して右事実を認め反省の情を表した書面まで提出しながら、その後も態度を変えていないことが認められる。右事実関係からすれば、被告には不貞行為があり、また、原告と被告の婚姻関係は既に破綻しており、その修復は極めて困難であるといわざるを得ないから、民法七七〇条一項一号、五号所定の離婚原因が存在する。

三  未成年の子の親権者の指定について

1  準拠法

離婚に伴う未成年の子の親権の帰属は、父母の離婚によって発生する問題ではあるが、離婚を契機として生ずる親子間の法律関係に関する問題であるから、準拠法は法例二一条によるべきである。本件において、原告と被告との間の長男は、米国籍を有するが、米国は、実質法のみならず抵触法についても各州ごとに相違しており、統一的な準国際私法の規則も存在しない不統一法国であるから、法例二八条三項にいう内国規則はなく、当事者に最も密接な関係ある地方の法律を当事者の本国法とすべきことになるが、子の国籍が米国である以上、子の本国法としては、米国内のいずれかの法秩序を選択せざるを得ない。証拠(甲一、二)によれば、外国人登録原票上の国籍の属する国における住所又は居所は、長男及び原告とも、オハイオ州クリーブランド市であることが認められ、原告がオハイオ州で生まれ、同州の大学を卒業して来日したことは前示のとおりであるから、右事情にかんがみると、子の本国法としては、法例二八条三項にいう当事者に最も密接な関係ある地方の法律としてオハイオ州法を選択し、長男の親権の帰属は、法例二一条による子と父の共通本国法である同州法の定めるところによって決するのが相当である。そして、同州法によれば、離婚に伴う子の保護に関する両親の権利義務の分配については、裁判所は、子の最良の利益に適う方法により諸般の事情を考慮して決すべきものとされ、その考慮事情としては、両親の希望、裁判所による事情聴取の結果、両親、兄弟や子の利益に関わる者と子の相互の関係、子の住居、学校、地域社会への適応、その状況に関わる者の肉体的・精神的健康、面接交渉権の遵守状況、養育費の支払状況、犯罪、児童虐待への関与等が定められていることは当裁判所に顕著である。

2  長男の親権者の指定

長男は、原告と同様、日本における定住者の在留資格を有し、在留期間を三年ごとに延長していること、原告は、被告と別居状態となった後、一九九四年(平成六年)八月から西宮市内で長男を養育し、一九九五年(平成七年)四月に勤務先の転勤に伴い肩書住所地に長男と共に転居し、現在に至っていること、一方、被告は、一九九五年(平成七年)九月上海から米国に転居したが、この間、不貞行為を続けており、一九九六年(平成八年)五月ころトランジットのビザを取るため数日間原告と会ったのを最後に、一年に一回くらい米国から一方的に電話をかけてくるにとどまり、同国内での住居所は不明であることは前示のとおりである。また、証拠(甲四、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、原告は、英語を母語とし、日本語も堪能であるため、長男も英語と日本語の両方を使いこなし、保育園や小学校の生活にもよく適応していること、原告は、約一八年間勤務している大塚製薬から年収約九三〇万円を得ており、肩書住所地の住居の賃料のうち六割は右会社が負担し、経済的には安定していること、右会社も原告の家庭内の事情に理解ある態度を示しているほか、原告の勤務中における長男の世話は原告がベビーシッターに依頼して問題なく処理していること、被告は、中国語を母語とし、日本語及び英語は十分ではなく、長男との円滑は意思疎通に欠けるばかりでなく、電話等により、原告に対し、原告の年収の半分を取得できれば長男の親権を原告に認めてもよい旨の意向を伝えたりしていること、長男は、米国で生活した経験がなく、母である被告との面接や同居を自分の方から積極的に希望してはいないことが認められる。右のような諸般の事情に照らし、離婚に伴う子の保護に関する両親の権利義務の分配についてのオハイオ州の前記準則にかんがみると、原告と被告の離婚後の長男の親権者は原告と定めるのが相当である。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件離婚請求は理由があるから認容し、長男の親権者は原告と定めることとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

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